諸君、いかがお過ごしかな?私の名は龍宮真名。気軽に“隊長”とでも呼んでくれ。
さて、私は今現在傷薬を探している。何故そんなものを探しているかって?勿論怪我をしたからだ。
この仕事人龍宮真名を手こずらせる強敵と今格闘中なのである。その気になる強敵の正体とは……。


「ただいま……ってなんだこの甘ったるい匂いは?」
「ああ、刹那か。すまんが傷薬の場所わかるか?あと絆創膏も」
「そこの3番目の引き出しの中の小箱に入ってるはずだが……どうした?」
「そいつにやられた……」

真名の指差す方向、そこは台所。刹那が気になって向かってみると中途半端に刻まれた茶色い塊があった。

「これは……チョコ?」
「なかなか硬くてな……おもいっきりやったらこの有様さ」
「それにしても一体このチョコで何をするつもりだったんだ?」
「明日に向けてだ……」
「はぁ?」

刹那は最初は何の事かサッパリだったがよくよく考えてみれば明日はあの日だという事に気付いた。
全国の女子が好きな人に甘いものを渡すと同時にもてない人にビターを振りまく一大イベントの日だった。
そういえば最近クラスでもチョコの話題が増えていた事に今になって気付く刹那だった。

「それにしてもお前がチョコとはなぁ……で、誰に渡すんだ?例の部長か?」
「楓……」
「え?」
「楓に渡す……」

少し恥かしそうにほんのり頬を朱に染めて龍宮は呟いた。普段見せる事のない非常に乙女チックな可愛らしい表情だった。
それに対して刹那は口をポカンの開け目を点にしていた。

(ん?バレンタインって好きな男性に……あれ?何かおかしくないか?楓ってあの長瀬楓だよな?)

「あ!そうか友チョコ!友チョコ!そういえばクラスの人達が言ってたな。友達にあげるチョk……」
「私は本気だ」
「おまえそれは……!」

仕事仲間として、友人として危ない道に走るのを阻止しようとして止まった。
考えれば自分こそそっちの気が、寧ろ大幅に踏み外して軌道修正出来ないほどお嬢様と……。
そんな人間が「そっちに走っちゃだめ!」なんて言えるはずが無い。

「ま、まぁ頑張れ……応援してるよ」
「ありがとう。よし、手当ても済んだし再開するとしよう」
「それはいいがその無残な鍋や食器達はなんだ?」

見れば台所には最早使用不可能な程焦げた鍋や食器が山積みになっていた。

「この鍋は?」
「チョコを溶かそうとして焦げた」
「この食器は?」
「それもチョコを溶かそうとレンジに入れたら焦げた」

頭が痛くなってくる。以前仕事の時食べさせてくれた野戦食の素晴らしさはどこにいってしまったのだろう。
とかいう自分もこの手の菓子は作った事がないので何ともいえないが、それでもこれは酷い。

「一つ聞くがお前作り方解ってるのか?」
「溶かして固めればいいんだろう?」
「まあ間違ってはないだろうが……って何でサバイバルナイフでチョコ刻んでんだ!」
「やはり包丁は私には合わん。こっちのほうがいい」

もう刹那は気にしない事にした。気にしだしたらキリが無いからだ。そんな事よりもお嬢様に渡すチョコを考えたほうがいい。
しばらく考えて大体イメージが沸いた頃台所から焦げ臭い臭いがしてきた。

「火が強すぎたか……」
「なあ龍宮……人に聞くとか本見るなりしたらどうだ?というかそうしろ!頼む!これ以上台所を滅茶苦茶にしないでくれ!」

半ば強制的に部屋を追い出された龍宮はとりあえずある場所へ目指した。
料理といえばあの人。そう麻帆良の料理の鉄人四葉五月。彼女がいる店『超包子』を目指した。


まだ開店前なのか、表には誰もいなかった。すると店から大量の荷物を担いだ古が出てきたので龍宮は五月の居場所を尋ねた。

「サツキなら奥で仕込みをしてるアル。それよりちょと手伝って……」

今の龍宮に古を手伝う時間的余裕はない。古の願いを軽くスルーすると奥へと入っていった。

「やあ五月。実は……」

「チョコの作り方を教えてくれ」と言おうとして龍宮はすぐに扉の影に隠れた。
その速さは常人では捉える事は不可能なほどだった。


(何故楓が……?)

顔を少しだけ出して覗くと何やら五月と楓が話していた。会話の内容が気になるがバレる訳にはいかずその場を退散した。
楓にチョコを作っていることをバレては突然チョコを渡して想いを伝えるという計画が台無しになる。
この“突然”というのがポイントだ。突然意外な人物から意外なプレゼントを貰い意外と美味くて意外な告白。
このサプライズを提供するには楓にチョコを作っている事を悟られるのは非常に不味い。

(仕方ない。あそこに行くか……)


向かった先は図書館島。膨大な書物が眠るここにチョコの作り方など「こ○亀」の巻数以上に眠ってるはずだ。

「あ…た、龍宮さん……あ、あの……こんにちは」

入ると本を抱えた宮崎のどかがいた。ナイスタイミングと思い早速チョコの作り方の本の場所を聞いた。

「え……と、それなら一番奥から3番目の本棚がお菓子関連の本ですからそこにあると思います……」

向かってみると確かにそこにはお菓子に関する本がズラリと並んでいた。和、洋、中と何でも揃っている。
「凄い数だな……む!これなんか……」

『初心者でもかんたん!バレンタインチョコの作り方』という本に手を伸ばしたその時だった。


「おや?真名ではござらんか。こんな所で何を?」
「楓!?(何故楓がここに!?さっきまで五月と話していたのに!というよりこの状況はかなりピンチだ!)」
「その本を借りるでござるか。何々、チョk……」
「ち、違うぞ!断じてチョコを作る本など……!私はこっちの本を……!」

バレたら不味いと思い龍宮は咄嗟に隣の本を抜き取った。


「『食べれる昆虫大特集!』でござるか……?」
「そそそ、そうなんだよ!戦場で食料は大切だからな!(クッ…!よりにもよってこんな本とは……!)」
「なるほど……そういえばイナゴの佃煮はなかなか美味いでござるよ」
「あ、ああ…そうだな……では私はこれで!」

とりあえず何とか誤魔化せたようだ。私は風を切る速さで図書館島を出た。
結局収穫はゼロだった。おまけに余計な本まで借りてしまうという酷い有様だった。


「ただいま……」
「よし出来た!」

龍宮が部屋に戻ると何やら刹那が歓喜の声を上げていた。

「どうした?」
「チョコが完成したんだ。後は当日渡すだけだ」

ルームメイトの綺麗に仕上がったチョコを見て益々龍宮の周りのオーラが暗くなる。
それを見かねた刹那は黙って一枚のメモ用紙を差し出した。

「……なんだこれは?」
「それに一通り作り方が書いてある。後は勝手にしろ」

そういい捨てると夕凪の手入れをし始めた。
メモを見るとチョコの基本的な作り方から様々なアレンジなど事細かに記されていた。

「ありがとう刹那」
「礼はいいから鍋と食器を弁償してくれ」

刹那の解り易い説明文で(説明図は絶望的に解り辛い)龍宮はなんとかチョコを完成させた。
綺麗にラッピングして冷蔵庫にしまい、そのままベッドに潜り込むと数分も経たないうちに寝息が聞こえてきた。

(慣れない事をして相当疲れたのだろう。明日は頑張れ、龍宮)

刹那はそっと布団を掛けなおして微笑むと自分もベッドに潜り込んだ。

(さて、私も明日どうやって渡そうか……)

色々な妄想を膨らませ時折ニヤニヤしながら刹那も眠りについた。




――バレンタイン当日


いつもより少し早く起きて身支度を整え二人は学校へ向かった。
通学路でチョコを渡している者も結構多く改めて今日は特別な日だと感じた。
さて、二人が下駄箱につくと早速声を掛けられた。

「あの……龍宮先輩!これ受け取ってください!」
「桜咲先輩これどうぞ!それとまた稽古つけてください!それでは失礼します」

おなじ中等部の後輩から、そして下駄箱にも幾つかチョコが入っていた。

「あんな後輩知らないんだが……」
「まあいいじゃないか。悪い事ではないんだからな」

モテる事に嬉しい反面少し恥かしく、又戸惑いを隠せないでいた。


「せっちゃんモテモテやな〜。ウチ少し妬いてもーたわ」

後ろから緩やかな京都弁が聞こえた。刹那の想い人の近衛木乃香だ。

「おおお、お嬢様!?これはその……ち、違うんです!!」
「はい、せっちゃん。ウチ頑張って作ったんよ?」
「ああ、ありがとうございます!それでその…私からも……これ……」
「ほんまに!?せっちゃんありがとう!!」

朝っぱらから見ていて痛々しいほどのバカップルっぷりを見せ付けられた龍宮は半分呆れている。
寧ろだんだん腹が立ってきたので先に教室に向かう事にした。
途中何度も見知らぬ女子生徒にチョコを渡され教室に着いた頃には両手が塞がってる状態だった。

(楓は……まだ来ていないか……好都合だ!)

龍宮は昨日のうちに書いておいた手紙を他の者にバレないようにこっそりと楓の机に入れた。
手紙の内容は『放課後に世界樹に来て欲しい』とだけ書いてある。

(まずは第一関門は突破…後はこのチョコを渡せばミッションコンプリートだ)

さて、龍宮は自分の席に座り教科書を机に仕舞おうとした時一枚の手紙が落ちた。
何だこれ?と気になって中を見て龍宮は固まってしまった。


『今日の放課後、世界樹にて待ってる』

(ダダダ、ダブルブッキングだと!?想定の範囲外だぞ!?)

非常に不味い。これが他の場所なら普通にスルーできるのだが場所が同じではスルーしようがない。
しかもこの送った人物に私が楓にチョコを渡すところを見られるのは非常に恥かしい。
いや、もしこの人物からチョコを貰ってるとこを楓に見られたら?あらぬ誤解を生む事になる。

何かいい方法はないか?と龍宮は脳をフル回転させた。そしてある案が浮かんだ。
龍宮は急いで別の紙に何やら書きこんだ。そして書き終わると楓の机に入っている手紙と交換した。(この間僅か10秒)

新たに書き直した手紙の内容は『放課後に世界樹の“上”に来て欲しい』とのこと。

(完璧だ!上なら誰にも邪魔されず尚且つ広大な麻帆良の地をバックになんともロマンチックなシチュエーション!)

放課後が待ち遠しくなり何だが時間がゆっくり感じられる。早く放課後にならないかと体がウズウズする。


「ねーねー○組の○○さん高等部の○○先輩にフラれたんだって」
「知ってる〜!折角一生懸命チョコ作ったのにフラれるなんて可哀そうだよね」

隣の席の柿崎美砂とその後ろの早乙女ハルナが早速噂話をしている。その会話を聞いて龍宮は気付いた。

(私もフラれるのでは?)

男女でもなかなか成立しないのにましてや同姓などマンボウの赤ちゃんが成長するくらい確立は低いのでは?
そう思うと急に放課後が怖くなると同時に。急に時間が早く感じられる。
人間とは不思議なもので楽しみが訪れるまでの時間は長く感じるのに嫌な事はあっという間に訪れる。
気が付けば最後の授業も残すところあと5分である。

(まずいぞ!敵地に忍び込むときくらい……いや、それ以上の緊張だぞ!)

終了のチャイムと同時に龍宮は教室を飛び出した。少しでも早くいって気持ちを落ち着かせたいのだ。
世界樹につくとひょいひょいっと登っていった。そして適当な枝に座るとゆっくりと深呼吸をした。

(落ち着け……まずはチョコを渡すんだ……それで…それでその後……)
「遅くなってすまないでござる」
「かかか、楓!?」

落ち着きを取り戻しかけたところに楓が来たもんだからまた取り乱してしまった。

「まさかあの手紙の送り主が真名でござったとは……」
「すまないなこんな所に呼び出して……」
「いやいや、それより拙者に何の用でござるか?」

このチョコを渡すだけ。たったそれだけの事なのに体が固まって動かない。

「どうしたでござるか?」

情けないぞ仕事人龍宮真名!昨日頑張って作ったチョコを無駄にするのか!?


「実は……」


私は狙った獲物は外さない名スナイパーだ!今回だって見事捕らえられる!信じろ!


「これ、お前に……その、私の…て、手作りだ……」
「おお!これはかたじけない」

渡せた。顔が熱い。恐らく私の顔は真っ赤に染まっているだろう。あとはこの想いを……。

「それで実は……」
「実は拙者も真名に……ほれ」

いままさに告白という所で楓からの思いがけないチョコのプレゼント。嬉しいのだがもう少しタイミングを考えてほしい。

「実は拙者も手作りでござるよ」
「そ、そうか……ありがとう」
「それにしても同じ場所に呼び出すとは……これも運命でござろう」
「なに?それじゃあ……あの手紙は……」
「拙者が書いたものでござる。真名に伝えたい事があってこの場所を選んだんだが……どうしたでござるか……?」


そう言う事か。つまり似たもの同士で相思相愛だったというわけか。何だか肩の力が一気に抜けていく。
先ほどまでの自分の行動が笑えてくる。私は声に出して笑った。
楓も私の気持ちに気付いたのか、私につられてなのか解らないが笑い出した。


「それにしてもチョコには手こずったよ。何せ作り方がわからなかったからな」
「という事は五月殿との会話を覗いてたのは真名でござったか」
「気付いてたか?」
「誰とは解らなかったが気配は感じたでござる……図書館島にいたのもそのためでござったか」
「まあな……お前もそうだったんだろ?考える事は同じだな」
「まあ昆虫を入れるのは考えてないでござるが」
「あれはお前がいきなり声を掛けるから……!それに昆虫なんか入れてない!」
「ははは!冗談でござる」


お互いの笑い声が響く、とても楽しいひと時。やがて笑い声が止み静寂が訪れる。


「さて、改めて言わせて貰おう……」


真っ直ぐと見つめる龍宮に対し楓も目を開き真剣な、しかしどこか嬉しそうな顔になる。


「楓、私はおまえの事が……」




おわり

戻る