カチカチ……

部屋に鳴り響く。

カチカチ……

秒針が一定の規則で。

カチカチ……

後、数週すれば二人は――。


「どうしたもんかねぇ……」
無言の沈黙が気まずいのか先程から同じ事を何度も呟く少女。
「さぁてね」
もう一人の少女も先程と同じ返事をする。
お互いに視線を合わせず一方は目を閉じ一方は虚空を見つめる。共に諦めの表情を浮かべながら。

二人はテーブルに向かい合って座っており、そのテーブルの上には――拳銃。
泥と血で汚れたリボルバーがあった。
虚空を見ていた少女、春日美空はちらりとそれに目をやる。数時間前に起きた戦闘を思い出し溜め息がもれた。

――溜め息程度で済んでしまった。

人の命を、未来を奪ったというのに。
自分はこの三日間で死というものに慣れてしまったのだ。
その事実に美空は震えた。自分はもう元に戻れないのだと気付いてしまった。
だからどうでもよくなったのだ。生を諦め、先程から何もせずただただ時間に身を任せていた。

「どっちでもいいんだよね……」
不意に目の前の少女、朝倉和美が声を洩らし美空は視線を銃から朝倉へ移した。
笑顔だがどこか悲しげで自分と同じように諦めが見えた気がした。

「目の前でクラスメイトが沢山死んで、自分も何人か殺して……“これ”はその代償かな?」
左手で右腕を自嘲気味に呟く。その右腕は肘より先がなかった。
「仮に優勝して生き残ったとしても、私はみんなを背負って生きていく自信がないんだ」
美空は何も言わずに黙って聞いていた。
「だからいっそのことあっちに行こうかなってね。だから美空、あんたが優勝しな」
「お断りだね」
しっかり、はっきりと言った。
「私も朝倉と一緒。もうこの世界なんか、…………どうでもいいっス」
一瞬自分の相棒の少女とお目付け役の女性の姿が頭に過った。
しかし今更生きて帰った所で以前のように接してくれることはないと思い頭の片隅に追いやった。
「進んで殺しをした訳じゃあない。あれは正当防衛だから代償もなにも朝倉は悪くないっスよ」
「でも……」
「それに引き換え最後まで脱出を考えた朝倉と違って何もせずただ逃げ回ってた私に……そんな資格なんてねぇっスよ」
「……何もしてなくない。美空だってピンチの私を助けたじゃん。それで十分だよ」
「あれはただ……」
逃げ回って逃げ回って、見つかったら殺して正当防衛だと言い聞かせ、放送の度に呼ばれる名前を聞いて、胸が痛くなっていった。
解放されたかったのだ。罪の意識から逃げ出したかったのだ。だから目の前で襲われていた朝倉を助けた。
結局は自分のためだったのだ。常に何かから逃げる駄目な自分。もう嫌になった。

「だから何さ?美空がどう思おうが私を助けた事実は変わらない。理由なんてどうでもいいじゃん」
ニシシッと笑う朝倉。学園にいた時と変わらない笑顔だった。



「ホントに……いいの」
紙に向かって何やらペンを走らせてる朝倉に対して美空は尋ねた。
「まだ気にしてんの?私はいいよ」
「そっか……」
「よし、書けた。じゃあこの手紙頼んだよ」
書き終わった手紙を渡す。恐らく遺書だろう。美空はそれ受け取ると銃を構えた。
朝倉は目を閉じると学園での思い出、クラスや先生の顔を思い出した。どれも楽しく皆笑顔だった。

私はここで死ぬ。

みんなに会えるかな?

さよちゃんに会えるかな?


銃声が響いた。痛みはなかった。というよりは……

「美空……?」
「そんな楽しそうな顔見せられたら殺せないよ」

銃弾は全く見当違いな場所に当たっていた。美空ニイッと笑うと言葉を続けた。

「やっぱみんなと一緒がいいよね。無責任の塊の私には一人は荷が重すぎるし」
「……いいの?それは美空が嫌だって言った逃げじゃないの?」
朝倉の問いに美空は笑顔を保ったまま人差し指をチッチッと振った。
「逃げじゃあないっスよ。朝倉と一緒に死を“迎える”んだからね」

屁理屈だと思ったがなんだか美空らしい。朝倉は思わず笑ってしまった。まるで学園にいるときのように笑いあった。
後数分でタイムアップ、焦りも迷いもなかった。いつものようにバカ話しに花を咲かせていた。


「よっと……大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。おお綺麗だねぇ」
二人で小屋の屋根に上がると朝日が登り始めた所だ。
「綺麗っスね」
「うん……ホントに綺麗」
しばらくの無言。そこに突然電子音が鳴り始めた。時計を見ると後1分を切っていた。
「もうすぐっスね」
「もうすぐだね」
二人は笑顔だった。いつもと変わらない。

「それではこの世のお別れの前に一言どうぞ!」
突然のインタビューに驚いたがクスリと笑うと突然立ち上がって叫んだ。

「ココネとちゅっちゅしたかったよーーーーー!!」
「児ポ法で逮捕」
冷静なツッコミに一つ咳払いをすると美空は朝倉の腕を掴み立ち上がらせた。
「じゃあ今度は朝倉の番」
美空はニヤニヤと笑い朝倉を見る。朝倉は大きく息を吸い先程の美空と同じくらい叫んだ

「さよちゃんとちゅっちゅしたいよーーーーー!!」
「レズかよ!それにしても3-Aは百合率高いなぁ」
「美空も一緒じゃん」
「レズじゃあない、ロリコンだ」
「だめだコイツ……早くなんとかしないと……」

しばらく見つめ合うとほぼ同時に笑い出した。最期まで相変わらずのやりとりが可笑しかった。
こんな状況で笑ってるなら、クラスメイトに殺し合いなんかをさせる趣味の悪い主催者はさぞ面白くなかろう。
そう思うと一矢報いた気がして余計に笑った。

電子音が早くなる。時間は本当に僅かだろう。

「美空……」
「朝倉……」


楽しかった。

向こうでもバカ話ししようね。


本当に――――


「「ありがとう」」




バーン!アタシ達は死んだ。スイーツ(笑)





「うわあああにゃああああああああqwせdrftgyふじこlp;@:!!!!!」

麻帆良学園女子中等部の一室に絶叫が響く。

「原稿に落書きいいいいいいいいいいいいがああああああああああ!!!!」
「おお、落ち着いてパル!!」
「締め切りがあああああああああああ!!!祭りに間に合わないいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「私達も手伝いますからまずは落ち着くです!!」

パルが書いていた漫画の原稿。その最後のページにはこれでもか言わんほどのムードぶち壊しな落書きがされていた。
今まで苦労して書いていたものが水の泡となっては発狂するのも致し方がないというものだ。

「このページだけ書き直せば大丈夫だよ!ほ、ほら他のは被害ないし……」
「ここの描写は今までで一番出来がいいのよお!!同じものは二度と無理なのよおおお!!」
「とにかく書かなきゃなにも始まらないです!」
「ゆえっち達にはわからんでしょうが私には画伯としてのプライドってのが……!」

ハルナが夕映に詰め寄ろうとした時、体が机とぶつかった。
ガタンという音がした瞬間ハルナは固まった。
ハルナは後ろを向いた。
原稿はすべて真っ黒なインクに侵食されていた。
ハルナは口から白い靄をはきだした。


「ちょっとやりすぎたかな……」
「お姉ちゃんパルが死んでるです」
「まあ勝手にロリコンとか書いた罰っスよ罰」
「いや、双子に囲まれながら言っても説得力ないって」
(レズってあんなことやこんなことを……私が朝倉さんと……)


今日も麻帆良は平和である。



おわり

戻る