入学式、学園長が新入生に向けて話しをしている。その最中生徒の間でヒソヒソと話し声が聞こえる。

「ねぇねぇアレ見て…」
「うわぁ…デカッ」
「日本人じゃないよね?」
「黒人?」


やはりな。予想通り……というべきか。だが別に落ち込んではいない。
他の者達と親しくするつもりは無いし最低限の教養は持たないと不味いからという理由で入学しただけだ。
その他にもこの学園の警備も裏で頼まれている。もとより普通の学園生活など期待していない。


闇に生きる私に友達なんかいらない。仕事の邪魔なだけだ。


そう思っていた……


「お主も背が高いでござるな〜。拙者よりも高い女子は初めてでござるよ。」


彼女と出会うまでは……


「拙者は長瀬楓、よろしく。お主は?」


不思議な奴だった。自分と体格が殆ど同じなのにその雰囲気は180度違う。
どこか穏やかで周りにいる者も和ませる、そんな感じだった。

「龍宮真名……」

だが先程も言った通り私にそのような者は必要ない。私は素っ気無く答えると式が行われている体育館を抜け出した。
教師には適当に体調が悪いと理由をつけ私は屋上に向かった。
あんな態度で入学式を抜け出すようなやつを普通は相手にしない。これで私には誰も寄り付かないだろう。


屋上に着くと春の暖かい風が私を包んだ。私はフェンスに寄りかかるとポケットから一枚のカードを取り出した。
今は亡き彼との仮契約カードだ。このカードがただの紙切れになってから私の考えは変わった。


もうあんな思いは沢山だった……


私はカードをポケットに仕舞い込み目を閉じて深呼吸をした。桜の香りが鼻腔をくすぐる。


「入学式をサボるとは大胆でござるな」

突然の声に私は咄嗟に銃を向けた。声の主は貯水タンクに立っており、丁度逆光で顔が見えなかった。
この私が気付かないとは相当な使い手だろう。自然と手が汗ばむ。

「誰だ?答えによっては少々痛い目を見てもらうぞ?」
「おりょ?もう忘れたでござるか?よっ…と」

その者は私の前まで跳躍してきた。

「お前は……長瀬楓」
「おお、覚えてくれたでござるか。良かった良かった」

目の前の女は何が嬉しいのかヘラヘラと笑っている。だがそれとは対象に私の顔はより一層険しくなる。

「おまえいつの間にこの屋上に?」
「ん?お主が体育館を抜け出す時から一緒にいたでござるよ?」
「……先程の身のこなしといい、おまえ何者だ?」
「拙者は普通の中学生でござるよ。ニンニン♪」

どう考えても普通ではない。その身のこなしや隠密性、「拙者」やら「ござる」とか……。まるで忍j
「忍者?何の事でござるかな?ニンニン♪」
「ふん……」
「お?どこ行くでござるか?」
「帰る……」

こいつとはこれ以上関わりたくない。そう思い私は帰ることにした。

「一つ言っておくが私に付きまとうな。ろくな事にならんぞ?」

これだけ言っておけば大丈夫だろう。だが甘かった……。


それからというもの彼女は事ある事に私に付きまとってくる。
朝も、授業中も、昼食も、帰りも…。最初は鬱陶しかったが次第にそれが当たり前になり何とも思わなくなっていた。

いつしか会話もするようになっていた。もっとも会話と言っても私は話すのが苦手なので聞き手に回るが。
彼女はそれでも楽しそうに私に近付いてくる。いつもの和やかな雰囲気で。


今思えばこの頃から私は少しずつ変わっていったのかも知れない。





ある日の事だった。私が一人で学校から帰っていると、ある洋菓子屋で新作のプリンを販売していた。
普段の私なら気にも留めなかったが私はそれを見て立ち止まっていた。

そういえばあいつ弁当を食べ終わると必ずどこからかプリンを取り出し食べていた。
食べてる時の幸せそうな表情を見てると本当にプリンが好きなんだなと思う。

気が付けば私はプリンを買っていた。何故買ったのか良くわからないが悪い気分じゃなかった。
そのまま私は寮に帰ると楓の部屋へ向かった。ドアをノックすると史伽が出てきた。

「あ、龍宮さん……?」
「やあ、君は確か…妹の史伽だったかな?すまないが楓はいるか?」
「え…と……」
自分よりはるかに背が高く威圧感たっぷりの来訪者に史伽は固まってしまった。
すると異様な雰囲気に気が付いたのか奥から楓が出てきた。

「どうしたでござるか史伽殿……?おお、真名ではござらんか!」
「少しいいか……?」
「拙者は構わんが……」
そう言って少し困った表情をする。おそらく双子の存在を気にしているのだろう。
私はあまり人付き合いが得意ではないし、双子も私がいると居心地が悪いだろうからな。
しばらくその場に何ともいえない空気が漂っていた。

「そそ、そうだ!私買い物があるです!ちょっと出かけてくるです!」
「どうしたの史伽?」
「あ!お姉ちゃんも一緒に行くです!」
「わっ!ちょっと史伽!?」
恐らくは気を利かせてくれたのだろう。史伽は姉の風香を連れてどこかへ行ってしまった。
双子がいなくなり楓は私を奥のリビングへと案内をした。

「緑茶でいいでござるか?」
「ああ……」
よくよく考えてみればこのプリンを渡すだけでよかったのだが双子に気を遣わせた手前帰るに帰り辛くなってしまった。
「して、何の用でござるか?」
「ん?ああ…実はその……」

何故か言葉が出ない。たかがプリン一つ渡すだけなのに何故か緊張してしまう。目の前の楓は不思議そうに私を見ている。


――コトッ


「こ、これは……!」
「買ったはいいが……き、急に食欲がなくなってな。お前なら食べると思って……あ、あくまで自分の為に買ったんだぞ」
我ながら下手な嘘だ。今の私はどんな顔をしているだろう?これが任務だったら一発でアウトだな。
「かたじけないでござる!拙者プリンに目が無いでござるよ♪」
そう言っていつもの……いや、いつも以上に嬉しそうな笑顔でプリンを眺めている。
「お前のために買った訳ではないぞ。本当に私は食べたかったんだ」
「アイアイ〜♪分かっているでござるよ。それでは頂きます」
ゆっくりと一口ずつ味わって食べるその様は普段の大人びた雰囲気とは違い歳相応の顔だった。

「ん〜うまいでござるな〜♪」

こいつの嬉しそうな顔を見ていると何故か自分自身も癒される。

「ごちそうさま。いや〜美味でござった」

やっと分かった……私は何故プリンを買ったのか?何故プリンだけ渡して帰らなかったのか?


私はこいつのこの表情が見たかったんだ。こいつの笑顔、美味しそうに食べる姿を。


「どうかしたでござるか?」


私はいつの間にかこいつの虜になっていたのだ。こいつの無邪気さと温かみに私は惹かれたのだ。


こいつと一緒にいたい。離れたくない。




だが私は…………





私はどこかの廃墟にいた。そうだ、ここはかつて彼と来た紛争地帯。
建物の隙間から何人かの子供が出てきた。服はボロボロで傷や泥で汚れてたが皆眩しいほどの笑顔だ。
その中に私はいた。少し距離を置いて恥ずかしそうに笑っていた。だがとても楽しそうだった。

突然の銃声。子供の私は咄嗟に銃を抜き数発放つとあっという間に敵は全滅した。だが子供たちも全滅だった。

「痛い…」
「助けて…」

そんな呻き声が頭に響く。今まで殺した人間や殺された人間の顔が、苦痛や絶望の顔が脳裏に甦る。



「うわあああああ!!」

目が覚めると私は寮のベッドの上にいた。
「はぁ……はぁ…………またこの夢か」
時刻は深夜三時。龍宮は汗でビッショリになったパジャマを着替えると台所に向かった。
コップに水を注ぎそれを一気に飲み干す。

最近またあの夢を見始めた。ちょうど楓と打ち解けた日からだ。

「警告……なのか………」


その日から真名は皆から、特に楓との距離を置き始めた。そして入学したての頃よりも真名はクラスから孤立していった。




「刹那……ちょっといいでござるか?」

放課後になり楓は帰り支度をしている刹那を屋上へと呼び出した。
「真名に何があったでござるか?最近様子がおかし過ぎるでござる」
「わからん。私も知りたいくらいだ。最近では私にも仕事の話以外に口を開かないんだ」
「ではきっかけみたいな出来事はないでござるか?どんな小さな事でもいいから……」
楓の質問に対して刹那は暫らく考え込むと何かを思い出したように切り出した。

「そういえば楓と一緒になってからよく夜中に唸されてたな……」
「そうでござるか……かたじけない。では……」
そう言って楓は屋上を後にした。




龍宮が寮に戻るとドアに一通の手紙が挟まっていた。龍宮は周りに注意しながら手紙を抜き取ると直ぐに部屋に入った。
「依頼か…………」
手紙はどうやら仕事の依頼らしい。内容は今夜麻帆良の外れの森に来るようにとの事。
「依頼内容はその場で、報酬は自由に決めていい……か。怪しいな……」
だが仕事人としてのプライドか断ることはなかった。
それに罠だとしても切り抜ける自信もあるし何より報酬がこちらで自由に決められることも引き受けた理由だ。
そうと決まると龍宮は早速仕事の準備をはじめた。


そして夜になった





現在時刻は22時40分程。天候は曇り。龍宮は指定された場所で依頼主を待っていた。
森の中の景色はどこも同じに見える。龍宮は無意識の内に楓の事を思い出していた。
一緒に山で修行し魚を獲り風呂に入り……一夜を共にしたあの時の記憶が次から次へと頭に流れ込んでくる。
「こんな時に私は何を思い出しているんだ……あいつの事など忘れろ、仕事に集中しろ」
楓の姿を掻き消そうと頭を振る。その時人の気配がした。


「誰だ……?」
暗くてよく見えない。やがて雲が晴れて徐々にその姿が月明かりに照らされ映し出される。
「お、おまえ……」
そこには先程記憶から掻き消そうとした人物、長瀬楓がそこに立っていた。
「私はこれから仕事なんだ。今すぐ消えろ……」
「たった数日で随分と拙者に対する口調が変わったでござるな……やはり拙者が原因なのでござるか?」
「……早くどこかに行け。仕事と無関係の人物にうろつかれると困る」
「無関係ではないでござる。依頼主は拙者でござるからな」
「何!?」
楓の予想外の言葉に龍宮は驚きを隠せない。

「こうでもしないと拙者とは会ってくれないからな……仕事内容は“拙者からの質問に答える”でいいでござるかな?」
「ふざけるな!何を勝手に……」
「まず一つ目、何が真名をそんなに苦しめている?別に他言する気はない。遠慮なく話せ」
優しく全てを包んでくれるような柔らかい表情。この顔に何度龍宮は安心感を得る事が出来ただろうか。

「…………お前のその顔だ」
龍宮は俯きながら呟いた。その表情はよく見えなかった。
「お前から滲み出てくる優しさが私にとって居心地のいいものだった……あの頃のように……」
「……あの頃?」
「私はかつてある人と旅をしていた。世界の紛争地帯にいる難民救援の旅だ。その頃の私はどうしようもなく馬鹿だった……」

私は他の人と違う。他の人よりも強い。だからみんなを守る。守れる。いつからかそんな風に思っていた。
その自惚れが取り返しの付かないミスを招いた。守るはずの沢山の子供達を、そして彼を失った。

「何が守るだ……!私のせいで大勢の人が死に、彼も私を庇って死んだ!」
龍宮は自分の秘めた思いを楓にぶつける。楓はそれを黙って聞いている。
「怖いんだ。目の前で大切なものが消えていくのが、守れなくなるのが……だからそういうものは作らない事にした」
龍宮は振り返るとそのまま立ち去ろうとした。


「全く……勘違いもいいところでござるな」
「何?」
楓のまるで人を小ばかにしたような口調に龍宮は少し怒りを込めた表情で睨む。
「“守れないのが怖い”と申したな?生憎だがお主に守られるほど拙者は弱くないでござる。逆に拙者が守ることはあるかもしれぬが」
いつも冷静沈着な流石の龍宮もこの楓の発言には頭にきたようだ。
「聞き捨てならんな。あまり殺し屋を舐めないほうがいい」
「口ばかりでなく実力で証明しないとだめでござるよ♪」

この言葉を皮切りに二人は戦闘を開始した。



――数分後


両手を押さえられ首にクナイを当てられる龍宮の姿があった。ボロボロな龍宮に対し楓は傷一つ無い。誰がどう見ても圧勝だった。
「まだ続けるでござるか?」
「…………もう、いい。負けだ」
「あいあい♪」
龍宮の降参を聞き楓はクナイを仕舞うと龍宮の隣に寝転んだ。
「お主はまだまだ弱い。だから一人で背負い込む必要はないでござる」

楓は龍宮の手を握り言葉を続ける。

「何のために今まで拙者が側にいたのか……もっと頼ってほしいでござる。そしてあのクラスにも……」


彼女の手はとても暖かかった。彼女の笑顔がとても眩しかった。彼女の全てが私の心の闇を晴らした。
気付いたら私は彼女の胸で泣いていた。彼が死んでから流れる事が無かった涙が今頬を、楓の服を濡らした。




――二年後の学園祭三日目


屋根の上で龍宮は遥か遠くにいる楓に告げる
「楓、お前には感謝している。お前のお陰でこの三年間は自分でも充実したものとなった」
「それは何よりでござる」
本当に清清しい、心からの笑顔。それを見た楓も嬉しそうに答える。


「さあ戦ろうか、楓。あの頃のお返しをしないとな」
「望むところでござる」

龍宮はライフルを構え楓は大地を蹴った。




「なあ楓……」
「なんでござるか?」
「あの時の報酬がまだ貰ってないんだが……いいか?」
「なんでもいいでござるよ」
「報酬は……」


――お前が欲しい。お前の全てが……


おわり

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