「あら、楽しそうね。今度はあれがやりたいわ」

そんなニコニコした顔で服を引っ張らないでくれ……その見た目でそんな子供っぽい行動を――

「あらあら、何か言ったかしら?」

勿論何も言ってません。だからそんなゴゴゴとか変なオーラを出さないでください。
そのどこから取り出しかわからないネギをしまってください。頼むよマジで……

おっと紹介が遅れたな。俺は長谷川千雨。中性的で綺麗な顔立ちだがこれでも男だ。
何?自分で綺麗とか言うな?バーカ、そのくらいの自信がないとホストではやってけねーよ。

さてさて困った事にある意味学園最強の聖母、那波千鶴とお祭りに来ている。
何故かって?それを今から説明するんだろーが。話には順序ってもんがあるんだよ。




ことは夏休みのある日の昼飯時だった。迷惑なことに男子数人が俺の部屋に上がりこんできやがった。
メンバーは神楽坂明日太、朝倉和実、明石裕也、桜咲刹那と俺。ちなみに同居人のザジはサーカスの公演で今は部屋にいない。
さて、上がってくるなり明石が話を切り出した。

「来週のお祭りどうするよ?」
「どうするもこうするもねーよ。めんどくせーから行かん」
「そうは行かないよ。折角の中学生最後の夏休みのお祭りなんだ。な〜んかしないと寂しいと思わない?」
「知らん。そんな寂しいなら愛しのママとでも行ってろ」
「おまっ……勿論その予定だが……ってそうじゃない!」
「けっ!」

俺は奴らが持ってきたパピコをちうちう(べ、別にちうとかけた訳じゃないぞ!)と吸いながらその場に寝転んだ。

「まあまあ裕也も落ち着きなって。なあ長谷川、あんたずっとクラスの輪の外にいてていいの?それで寂しくないの?」
「人との繋がりは大事です。もしこのまま卒業して離れ離れになればきっと後悔すると思いますよ」

ここで明日太と刹那が説得に入る。だが残念だが俺の意思はオリハルコンのように固い。
メンドクサイことはやらない。別にクラスなんか知ったこっちゃない。てかあんな奇人変人超人ばかりのクラスなんて御免だ。
行かないものは行かん。夏休みなんだから文字通り休ませてくれ。

「だいたいテメーら野郎ばっかで行って何が楽しいんだ?」
「フフフ……そんな汗臭いお祭りのわけないでしょ」

裕也が不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感がする。用意がいい事に脱出ルートは全て塞がれている。

「『ドッキドキ!あの子と嬉し恥かし夏祭り〜あの頃君は華やかだった〜』大会ーーー!!!」

突然天井から出てきた美砂雄に桜に円、古に空……つまりクラスの殆どの男子が降ってきたわけだが……

「さて、ここにくじがある。んでこのくじにはクラスの女子の名前が書いてあるわけだ」
「みんな一枚ずつ引いてってその書いてある人をお祭りに誘って……」
「最終的にチュ―しちゃった人が勝ちってわけだよー♪」

麻帆良応援団の見事なコンビネーション説明に俺は呆れに呆れた。

「ちょっとまってくれ!俺はマm……ゲフンゲフン!亜子と一緒に行きたいんだが!?」
「ダメ。公平にくじで決める。てかどっちにしろ亜子ちゃんは円と被ってるから無理!」
「うぉい!!美砂雄!!!しーーーっ!!!」

くだらない。実にくだらない。ホストの俺から言わせて貰うと女ほどめんどくさいものはない。
それも女子中学生ときたら尚更だ。チューしたら勝ち?小学生かお前らは?

「ふふーん、そんなこと言って……負けるのが怖いんじゃないの?」

和実が俺の耳元で囁く。ええい顔が近い!どこぞの超能力者かお前は!

「ナンバー1ホストが素人に負けるなんてことがあっちゃ不味いもんね〜そりゃ勝負から逃げたくなるわな」

くっ……い、いい気になるなよこのパパラッチ風情がぁ!
いいだろう!そこまで言うのならこの俺の実力を見せてやる!

「俺が参戦したこを後悔すんなよ!!!」

俺は勢いよくくじを引いた。




その結果がこうだ。那波のやつあっさりと俺の誘いにOKしやがった。普段喋ったこともなにのに何故だ?

「どうしたの?具合でも悪いのかしら?」
「いや、何でもねえよ」
「そう……でもちょっと疲れたからあっちで休みましょう?」

こいつの微笑みはイマイチ何考えてるのか読み取れない。まあ他の連中と比べればかなりマシな部類だが。
そんなこと言ってる間に人気の無い神社へ。おいおい大胆だな……。

「はい、どーぞ」
「ん、悪ぃ……」

石段に座ると那波さんはタオルを渡してきた。先程まで蒸し暑く汗が出ていたのでちょうどいい。

「ここは涼しくて気持ちいいわね」
「そうだな」

吹き抜ける風と木々のざわめきがより一層涼しく感じさせてくれる。
一息ついてると那波さんが唐突に質問してきた。

「今日はどうして私を誘ってくれたのかしら?」

くじ引きで決めたなんて言ったら間違いなくケツ葱ものだ。どうしたものか……

「じ、じゃあ逆になんで俺の誘いをOKしてくれたんだ?」
「え?そうねぇ……」

こいつの返答次第で俺の今後の行動が変わってくる。ゲームとはいえ負けるのはプライドが許さん。本気で落とすつもりだ。

「星……綺麗でしょ?」
「は……?」
「ここから見える星が凄く綺麗なの。あそこに鷲座があってその隣が白鳥座で……」

どこがどう鷲や白鳥なのだろうか……とか思いながら俺は適当に相槌をしていた。
そういえばこいつは天文部だったな。道理でやたらと詳しいわけだ。

「ごめんなさい勝手に話して。ちょっと解らなかったわよね」
「いえ、いいんですよ。それでさっきの質問の答えを聞いてないんだが……」
「あら、そうだったわね、ホホホ……」

こいつは遊んでるのだろうか?それとも痴ほ……何でもない。


「あなたにこの景色を見せたかったの」


それは突然の事だった。俺は後ろから抱きつかれた。いや、感覚的には包み込まれたと言ったほうがいいか?
普通異性に後ろから抱きつかれれば誰でも気が気でなくなるが何故か不思議と心が落ち着く。

「ここから見える街の光や世界樹、この星空もそう。ここにある景色みんなあなたに見せたかったの」
「それは何故?」
「フフフ……それはヒミツよ」

彼女の優しい口調がゲームのことなどどうでもよくさせた。だから俺は本当のことを話すことにした。

「あら、そうだったの……じゃあ後でみんなにお仕置きしとかないとね♪」

可愛い口調が逆に怖い……まあ、あいつらには同情しないがな。当然の結果だ。


――でもちょっと残念……


「何か言ったか?」
「いえ、何も。フフフ」

耳元で彼女が何か呟いたような気がするがよく聞き取れなかった。だがそれもどうでもよくなった。
いまはこの気持ちよさに身を委ねよう。今まで経験した事がないこの感触に……




翌日男子の殆どがケツを手で押さえながら俺の部屋へやってきた。ざまあ見ろ。

「は〜い、それじゃ俺が撮影した証拠写真を見ながら優勝を決めていきたいと思いま〜す」

何事も無かったかのように朝倉は写真を取り出した。裕也とまき絵や刹那と早乙女など……明日太とアキラはあえて触れないでおこう。
勿論俺が那波さんに後ろから抱きつかれてる写真もあった。どこから撮ったんだと言いたくなるほど絶妙なアングルだった。

「千雨凄いな、あの那波さんといい感じじゃん!」
「で、どうよ!?落とせた!?」
「別になんともなってねえよ」
「嘘付けえええ!!こんなになって何もねえわけねえだろ!!」

本当になにも無かった。あの後、俺たちは普通に花火を見て帰り別れた。会話もまともだし特に普段通りだったのだ。

「この野郎……あの胸を背中に感じながら何もしなかったとは……罰としてジュース買ってこい!!」
「俺コーラ」
「じゃあ僕オレンジジュースで!!」
「で、では緑茶で……」


――ガコン

あいつらめ……この俺にパシらせるとは……あの刹那さんまでドサクサに紛れて俺にパシらせるとはちょっとショックだ。

「あら、こんにちは」

自販機からジュースを取り出した時に声を掛けられた。そこにはやっぱり普段通りの那波さんがいた。

「あ、那波さん。どっか行くのか?」
「夏美にお弁当を届けにね。あの子おっちょこちょいだから忘れて行っちゃったのよ」

なんも変哲のない会話。そんなのが数分続いた時だった。

「ちう……」
「おうザジ、今帰ったのか?」

ザジはこくりと頷くと俺が抱えてる大量のジュースを指差した。

「買出しだよ。手伝ってくれるのか?」

また頷く。俺はジュースを数本ザジに渡した。

「じゃあまたな那波さん」
「ええ、さようなら」

俺とザジはその場を後にした。また何か那波さんが呟いた気がしたが俺は気にしなかった。




――ザジさんとお幸せにね



麻帆良の夏の些細な出来事だった。



おわり

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