「ただいまー!」
「お帰りなさい。アスタさん」

この幸せそうな夫婦、神楽坂明日太と雪広あやか。今この二人の間には新しい生命が芽生えていた。

「大分大きくなったな!」
「そうですわね。あ!今蹴りましたわ!」

まさに幸せの絶頂といった感じである。しかし、あやかには一つの不安があった……

「ん?どうした?暗い顔して」
「え!?あ、いや。何でもありませんわ」
「嘘付くなよ。何かあんなら相談しろよ。俺たち夫婦だろ……な?」

明日太は真っ直ぐとあやかの目を見る。その瞳から何か温かいものが伝わってきた。
それを見たあやかは今現在自分が抱えている不安について話し始めた。

「……私は、本当に子供を産めるのでしょうか?」
「はあ?」
「私の……弟は産まれる前に……」


あやかには弟ができる予定だった。しかし結果は流産という非情な結果となってしまった。
それは当時幼かったあやかでもかなりのショックだった。そしてその頃の記憶がどうしても忘れられないでいた。


「もしかしたら今回も……わ、私の子供が……」

体が震える。涙が溢れる。怖い……また小さな命が消えてしまうのでは。そう思うと怖くなる。


「……ャ…ゥ」
「え?」

いきなり明日太が抱き締めてきた。彼の体温が、鼓動があやかの体に広がっていく。体の震えが止まった。

「ア、アスタさ……」
「バカヤロウ。誰の子供だと思ってんだ?俺の子供がそんな簡単にくたばる訳ねぇーだろ?」
「で、でも……!イタッ!」

あやかが言いかけた瞬間、明日太のデコピンが炸裂した。

「な、何をするんですの!?」
「ハハハ!母体もそんだけ元気なら大丈夫だろ!それにいいんちょに暗い顔は似合わねーよ」
出会ったあの頃からちっとも変わらない彼の笑顔。その笑顔を見る度にあやかの心は救われた。そして今回も。

「まったく……もっと……他の元気の……つけ方が……」

また涙が溢れ出した。しかし今度の涙は違う。不安や恐怖からくる涙ではない。

「お、おいどうした!?そんなに俺のデコピンが痛かったのか!?」
「ち、違いますわ……これだから……おサルさんは……」

嬉し涙だった。この人と結婚してよかった。自分は幸せだ。そう思うと涙が止まらない。

「はいはい、どうせ俺はお猿さんですよ」

明日太は先程よりも強く抱きしめた。少しでも彼女の不安を消し去るために。
あやかも強く抱きしめ返した。少しでも彼の優しさと温もりを感じるために。




おわり

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