放課後、報道部の部室で朝倉和美は記事の編集をしていた。
本来なら退屈なこの作業だがこれからの予定を想像してつい口元が緩んでしまう。
「ういーっス。朝倉いるかー?」
春日空が来た。彼こそ朝倉が待っていた人物。すぐにいつもの笑みで振り返る。
「お、やっと来たね。インチキ神官」
「誰がインチキだコラ。で、何の用?」
「記事のスペースが余ったから陸上部のエースとお呼びの高い空のインタビューでスペース埋めようかとね」
――嘘、本当は無理矢理スペースを開けた。こうして二人っきりで話したかったから……
「つまり俺は埋め立て要員って事か?なめんな」
「あはは!冗談に決まってるじゃん!実は各部活の注目選手の特集をやろうと思ってさ、んで記念すべき第一回目が空ってわけ」
「どうだかね」
そっぽを向く空の腕に朝倉は自慢の胸を押しつけるように絡みつき耳元で囁いた。
「んもぅ……空のい・け・ず」
クラスNo.4の胸と艶めかしい声で空の顔は一気に真っ赤になった。
「ば、おま……!わかったから離せって!」
「よーし、じゃあそこ座ってよ」
こうして朝倉のインタビューは始まった。
と言ってもまともなインタビューは初めの30分ほどで、後はほとんど他愛のない世間話だった。
本当にくだらない話。しかし朝倉はそれでも十分だと思っていた。
二人でいられるこの時間が嬉しかった。
空の笑顔が嬉しかった。
ずっとこのままでいられればいいと思った。
「そういえば朝倉って彼氏とかいんの?」
「え……?」
突然の質問に朝倉は固まってしまった。
「えと、今はいないけど……」
「そっか、ふーん……なるほどねぇ……」
(「なるほどねぇ」って?ま、まさかね……)
と空の微妙な態度に朝倉は淡い期待を感じた。
「そ、空はどうなの?彼女とか、その……好きな人とか……」
「いたらとっくにお前にバレてるっつーの」
「そっか……」
そこで会話が途切れた。辺りに気不味い空気が流れる。
今まで数々の真相を暴いてきた。勿論色恋沙汰に関しても。
だが、いざ自分が当事者になってみるとちっとも相手の気持ちが分からない。
朝倉が心の中で葛藤していると部室のドアが開いた。そこに立っていたのは色黒の小学生くらいの女の子だった。
「ソラ!」
「おうココネ、どうした?」
「シャークティが捜してて、凄い怒ってタ」
「マジっスか!?じゃあとっとと……」
「とっととどこへ行くのですか?」
ココネの後ろからまた新たな声がした。色黒で大人の女性だった。
「シャークティ……!」
シャークティと呼ばれた女性は指をボキボキと鳴らしながら部屋に入ってきた。
「また仕事をほったらかしたようね。これはキツイ罰を……」
「捕まる前にトンズラだぜぃ!じゃあな朝倉!また明日!!」
「あ、ちょっと・・・…!」
ドアとは反対側の窓から空は逃げ出した。それを見たシャークティもすかさず追いかけた。
「コラ!待ちなさい!空!!……本当に失礼しました!」
まるで嵐のような騒ぎだったが二人がいなくなると途端に静かになった。
ふと、ドアを見るとココネがまだそこに立っていた。
「ココネちゃんだっけ?何歳かな?」
「…………」
無言。一向に口を開く気配がない。それでも朝倉はしゃべりかけた。
「やっぱり初等部の子?」
「…………」
「生まれは?今どこに住んでるの?」
全くの無反応。流石の朝倉も半ば諦めかけた時やっと口を開いた。
「あなたは……ソラをどう思ってル?」
意外な質問にまたもや朝倉は固まってしまった。
「ど、どうって別に……ただの友達……だよ」
朝倉の答えにココネはただジッと見つめるだけだった。その吸い込まれそうな綺麗な瞳から朝倉は目を離せなかった。
「ソラは渡さない……」
そう言い残しココネも窓から出て行ってしまった。
「ははは……宣戦布告ってやつかなぁ……」
これには朝倉も苦笑いするしかなかった。
あんなに小さい子も空のことを思っている。じゃあ自分は何?どうすればいい……?
一人残された部屋で朝倉は考えに考えた。
――ビビってたらスクープなんかゲットできない
「そうだよね……何事も勇気だよね……」
そう呟くとすぐにノートパソコンを開き記事を書き始めた。
――翌日
「はーいスクープスクープ!!なんとあの陸上部のエースが泥沼の三角関係!?」
朝の掲示板の前で朝倉はいつものように新聞の記事を説明していた。
記事には昨日の空とシャークティとココネの写真が掲載されおり、相関図のようなものまで書かれていた。
「朝倉ーーーーー!!!!ちょっとこっち来ーーーーーい!!!!」
「おおっと、噂の人物が登場……って、ぐえっ!」
空は朝倉の襟首を掴むと猛スピードで屋上に連れて行った。
「なんだあの記事!?ココネとシャークティと三角関係のわけあるか!!」
「あはは、ごめんごめん」
顔を真っ赤にして怒る空と対照的にヘラヘラと笑う朝倉。
「あの記事は嘘だよ」
「あったりめーだ」
昨日散々考えた挙句決まった答え。
「本当はね……」
昨日と同じように胸を押し付けるように腕に絡みつき耳元で囁いた。
「四角関係なんだ……」
そのまま頬にキスをした。
「ココネちゃん達には悪いけど、空は私のものだから」
スクープを狙う時の悪戯っぽい笑顔だった。
おわり
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