「だりぃ……」

寮のロビーにあるソファーに寝転がりながら春日空は呟いた。その姿は休日をだらだら過ごすダメ親父のまさにそれだった。

「あんたこんな所でなに寝てんの……?」

目を開けると綺麗な足、視線を上げると大きな胸、更に見上げると呆れた表情の朝倉の顔があった。

「おっス、朝倉。部屋のエアコン調子悪くてさぁ……お前はどこ行くの?」
「そこの自販機でジュース買いに」
「ふーん、じゃ俺は午後茶ね」
「すぐ目の前なんだから自分で買いなよ」
「それすらメンドイ。頼む、釣りはあげるからさ」

そう言って空は財布から二百円を出すと朝倉に渡した。

「まったく……しょうがないねぇ……」
「さっすが朝倉!ちなみにレモンティーね」
「はいはい」

そうして数分もしないうちに朝倉はジュースを持って帰ってきた。
空は一言お礼をすると受け取ったレモンティーを一口飲んだ。
朝倉も空の隣に座るとミネラルウォーターを飲んだ。

「金払って水飲むって馬鹿馬鹿しくね?」
「いいじゃん、人の勝手でしょ?」

そっか、と呟くとまた空は横になった。

「あんた寝てばっかで豚になるよ?」
「その分走ってるからだーいじょーぶ」

あっそ、と朝倉は呟くと手帳を取り出して何かを書き込み始めた。恐らくスクープの整理だろう。
しばらくの沈黙。不意に朝倉が呟いた。

「そういえばもうすぐ夏休み終わりだね」
「ん?ああ……そうだな」

また沈黙。朝倉はしばらく手帳と一緒についてるスケジュール表とにらめっこしていると突然立ち上がった。

「ねえ、海行かない?」
「いつ〜?」
「今」
「はあ?今って……これから出発で何時に着くと思ってんだよ?」

現在時刻は2時を廻ったところ。今から行っても一番近くても到着は夜になるだろう。

「大丈夫。ここに電車より速い乗り物があるじゃん」

そう言って空の足を指差した。

「な……!無茶言うなって!走って行くなんて!」
「あんたのアーティファクト使えばちょちょいのちょいでしょ?」
「いや、まあ……でもなぁ……」
「ほら、行くよ」

突然朝倉は空の背中に抱きついた。いきなりの出来事で一瞬空はバランスを崩したがすぐに持ち直した。

「ちょっ!いきなり……」
「クラスNo.4の巨乳を堪能できんだから文句言わない。よし、レッツゴー!!」

もう何を言っても無駄だと悟り空は走ることに決めた。

「ゆーなのほうが胸でかそうだけどな……」
「な〜んか言ったかなぁ?」
「いえ、何も……さてと、認識阻害の魔法かけるから静かにしててね」

目を閉じてぶつぶつと呪文を唱えると急に周りの世界が遠くなるような奇妙な感覚がした。
こんないい加減な奴だけどちゃんとした魔法使いなんだなと改めて朝倉は関心した。

「そんじゃあ行くか。しっかり捕まっとけ」
「え……?あ、うん」
「かそくそーち!!うりゃああああああああ!!!」


今までに味わったことがない疾走感。あまり見せない真剣な表情の彼、大きな背中。そのすべてが朝倉には新鮮なものだった。

「すごい気持ちいいねー!!」
「はぁ……あ、ああ……はぁはぁ…………重い…………」
「なんか言った?」
「はぁはぁ…………な、なに……はぁ…も……」



そうして走り続けること数時間、何とか無事に浜辺までたどり着いた。

「うーん!やっぱ海は綺麗だね!ねえ空!?」
「……………………」
「ほら、しっかりしなって」
「無茶言うな……………」

ぶっ続けで走っていたので流石の空もいつもの余裕さは微塵も感じられなかった。
目に生気は無くまだ海に入ってもいないのに汗でビショビショに濡れていた。

「う〜ん……ちょっと無茶させすぎたか……」
「ちょっと所じゃねーよ……」
「ごめんごめん、ほい差し入れ」

朝倉はそう言っていつの間にか買ったポカリを空に渡した。ポカリを受け取った空はそれを一気に飲み干した。

「あー生き返ったー……」
「ごくろーさん」

二人はしばらく砂浜に座り海を眺めていた。陽も大分茜色に染まり始めている。

「夕焼け……綺麗だね……」
「ん……ああ、そうだな」
「もすぐ夏休みも終わりなんだね」
「それさっきも聞いた」
「最後にいい思い出になったよ。サンキュー空」

そう言っていつもの悪戯っぽい笑みで礼の言葉を述べた。夕焼けに照らされほんのり紅く染まったその表情に空は少しドキっとした。

「ねえ、記念に写真撮ろう!」
「はあ?まあ別にいいけどさ」

朝倉はデジカメを取り出しタイマーをセットした。

「ハイ、チーズ」

――ぎゅっ

シャッターが切られる直前、朝倉は空の腕に抱きついた。空が気付いた頃にはすでに画像はメモリの中だった。

「ちょ、お前……!」
「ん?どうしたの?」

何か悪い事したの?と言いたげな表情で朝倉は空を見た。

「どうしたのじゃねえよ!急に抱きつきやがって……」
「なんで?ダメなの?」
「そりゃあ……その……」
「あ、そっか。空にはココネちゃんがいたんだったよね。こりゃ悪い事したねぇ」
「ちげーよ!!」
「ん?それともシャークティ先生だった?」
「だーかーらー!!そういうことじゃねえよ!!」

からかわれて顔を真っ赤にしながら空は怒鳴る。その様子を朝倉は楽しそうに見ていた。

「じゃあその二人は別になんでもないんだ」
「あったりまえだろ!いいんちょみたいにロリコンでもなけりゃ明日太みたいな熟女好きでもねえ、至ってノーマルだ!」

腕を組みそっぽを向く空。そんなご立腹な空の耳元で朝倉はそっと呟いた。

「じゃあさ、私はどうかな?」
「え……?」

突然の言葉に空は思わず振り向いた。そこには瞳を潤ませながら頬を染めてる朝倉の顔があった。

「私じゃ……だめかな……?」
「え……あ……」

徐々に二人の顔が近付いていく。そして……


――パシャ!


「へ?」
「ぷっ……今の間抜けな顔……あははははは!」

何が起きたのか理解できていない空に対して朝倉はお腹を抱えて大爆笑していた。

「……っ!!てめぇ騙したな!!」
「あはは!ごめんごめん!空からかうと面白いからついね、あははははは!!」

また爆笑する朝倉に対しもう顔中真っ赤にするしかない空だった。

「だいたい、私には小夜君がいるんだからちょっと考えればわかるじゃん」
「はいはいそーでしたね、俺がアホでしたよ」

不貞腐れてそっぽを向く空に朝倉はニヤニヤするばかりだった。


――でもね


朝倉はそっと空に寄り添う。


――もしも私が小夜君と出会わなかったら


対して散々言われた空も何だかんだ言って満更ではない様子だ。


――もしかしたら私は空のこと……


「な〜んてね」
「なんか言ったか?」
「ううん、別に」


――もしもなんかないよね。それに今も空は十分大切な人だしね。好きとはまた違うとてもとても大切な存在。


「暗くなってきたね。そろそろ帰ろっか」
「数時間全速力で数十分の休憩ってそれどんないじめっスか……」
「じゃあどっかホテルに泊まってく?」
「ちょ!ホホっホテルって、ば、馬鹿おま……!」
「てか実はもう予約してあるんだ。さっ!行こっか!」

呆然としてる空を引っ張りながら朝倉は楽しそうに歩いて行った。




おわり

戻る