「あ、切れた……」

スタジオでバンドの練習をしている最中だった。
円のギターの弦が切れてしまい練習は一時ストップした。

「まいったなぁ……しゃーない、ちょっと新しいの買ってくるわ」
「ほ、ほなウチも行く!ウチの弦も大分古うなってきたから……」

ウチはチャンスだと思い円について行くことにした。もちろん円は二つ返事でOKしてくれた。
美砂雄と桜子に見送られながらウチらはスタジオを後にした。


ウチは円が好き


カッコよくて優しくて気が付けばいつもウチのことを守ってくれる。そんな円がウチは大好きだ。
最初は一緒に居れれば満足だった。だけどどんどんこの気持ちが大きくなって……。

でもこの気持ちが爆発したらどうしよう、もしもフラれてしまったら……
今の関係が壊れるのが恐い。でもこの気持ちを伝えたい。そんな悶々とした日々を過している。

「どうした?なんかあったか?」
「え……?い、いや……なんでもあらへんよ」
「ふ〜ん、でもなんかあったら相談しろよ。俺じゃなくても裕也達でもいいからさ」
「う、うん……ありがとな」

その悩みの張本人が円だなんて口が裂けても言えない。言える訳が無い。
だからウチは精一杯の笑顔を作る。悟られて困らせたくないから。


「うーん、どうせ本番前に張り直すしなぁ……かと言って安いとまた切れるしなぁ」
「ウチだったらこの弦かなぁ」

側から見ればウチらはカップルに見えているかもしれない。そう思うとちょっぴり嬉しい。

「お、このベース可愛いね。亜子にぴったりじゃない?」
「ほ、ほんまに!?」
「うん、まあこのベース音は最悪だけどね」
「なんやそうなんか……あ、このギターカッコええやん!円似合いそう!」
「こんな高いもん買えるか!」

そういえばウチが初めてベースをやろうとした時もこんな感じだった。
似合う似合わないで話して値札と財布と睨めっこしていたのが懐かしい。
その時も丁度桜子と美砂雄が部活だったから円と二人で楽器屋さんに来て選んでた。

「そういや亜子が初めてベースを買いに来たときもこんな感じだったな」
「え?」

あの時のことを覚えていたことにウチは驚いた。

「あん時は笑ったなぁ。0一つ数え間違えて30万のベース買おうとしてたからな」
「……!!も、もう!恥かしいこと思い出さんといてよ!!」

恥かしいけどどれも大切な思い出。それをしっかり覚えていたことがウチには嬉しかった。

「さてと、買い物も終わったし……お、あんなとこにクレープ屋。亜子なんか食べる?奢ってやるよ」
「え?ウ、ウチはええよ!そんな奢りなんて……」
「遠慮すんなって。何がいい?」

少し強引だけど折角なので厚意に甘える事にした。ちょっと待ってて、と一言伝えると円はクレープ屋に行ってしまった。
数分後に円は笑顔で戻ってきた。手には少しクリームが多めのクレープを持っていた。
何でもサービスしてくれたらしい。ウチがクレープ屋のほうを見ると店主のおじさんがニコニコと笑っていた。

「『かわいい彼女にサービス』だってさ」
「か、かわいい!?ウチが……?」
「うん、まあ確かにかわいいからな」

その言葉でウチの顔は真っ赤になった。円の口から「かわいい」など出るとは思わなかったからだ。
嬉しさと恥かしさで頭がおかしくなりそうなのをクレープを食べることで紛らわした。

「顔真っ赤だな。少し休むか?」
「え、ええよ別に……」
「気にすんなよ。それにゆっくりクレープ食べたいし」

そう言われて断ることが出来ないウチは近くにあったベンチに座る事にした。
人通りも少なくとても静かな空間。そこでウチらはしばらくゆっくりしていた。

今のこの状況ならもしかして言えるのでは?そう思っても中々踏み出せない。
フラれるのが恐いから、今の関係が壊れるから……そんなマイナス思考が頭の中を駆け巡るから。

でも違う。そんな臆病なウチは大嫌い。変わりたい。そう思っているとある人の言葉を思い出した。


――亜子さんの物語の主役は亜子さんです


麻帆良祭で私に勇気を与えてくれたウチの恩人。
結局は憧れで終わってしまったけれど、とても大切な人の言葉。それを思い出した。

「ま、円……」

だから主役らしく……

「ウチ……その……」

勇気を出して……

「ウチ円のことが……!」













――ピリリリ……


「へい美砂雄です。円か、遅えよ。もうすぐスタジオの時間がなくなっちまう……帰る?ちょっとどういう……って切れた」
「どうしたの〜?」
「円と亜子帰るってさ」
「なになに!円、亜子ちゃんをお持ち帰り!?」
「ん〜でもそんな感じじゃなさそうだったけど……」



ウチはやっぱりダメなんやなぁ、またフラれてもうた。魅力ないんかなぁ……



『……ごめん、俺亜子のこと好きだけどそういう好きじゃないんだ。妹みたいな感じで思ってきたからそういう風には……』
『そう……なんや……』
『本当に……ごめん……』
『ええんや。円は謝らんでも。なーんも悪くあらへん』
『亜子……』
『ウチ……帰る……わ。ほな…な…………』
『亜子!!』



あの後ウチは涙を見せまいと猛ダッシュで寮の自室に戻った。頭から布団を被ると堪えていた涙を一気に放出し泣き腫らした。
声を上げて泣く度に今までの思い出が壊れていく気がしてそれがまた悲しくて涙を流す。
どれくらい泣いたかもわからない。涙を出しつくし気分も少しは落ち着いてきた。

「やっぱり無理やったんや。主役なんて高望みしすぎたんや。所詮ウチは脇役人生なんや……」

涙の変わりに今度は愚痴が出てきた。こんなこと自分でも嫌になるが止まらなかった。
自分の嫌な部分が次から次へと声に出されていく。頭がおかしくなりそうだった。

「脇役じゃねーよ」
「え?」

突然被っていた布団がどかされた。久々の光に目が眩んだが直ぐに慣れると布団をどかした人物を見た。

「ゆーや……?」
「いいか亜子。物語の主役なんて挫折や壁があってなんぼよ。とんとん拍子に上手くいく主役の物語なんか読んだことあるか?」

いつものお騒がせ裕也はそこになく、いつになく真剣な表情の明石裕也がそこにいた。

「一回フラれたくらい関係ないだろ。それにそいつは亜子のこと嫌いではないんだろ?」

先ほどまでの嫌な気分が少ずつ消えていく。勇気が少しずつ湧いてくる。
気付いた時にはウチは玄関に向かっていた。

「ありがとなゆーや、お陰で元気が出たわ!」
「そっか!じゃあ頑張れよ!」

またいつもの笑顔に戻ったゆーやを見てウチも笑顔で答えると勢いよく部屋を飛び出した。目指すは円の部屋だ。



「好きな人を助けてあげるのは当たり前だからなぁ……あ〜あ、円が羨ましいぜちくしょー」




大した距離でもないのに息が荒くなる。目の前の呼び鈴を鳴らすだけで心臓がバクバクしてる。
でももう迷わない。ウチはベルを鳴らした。

「は〜い……おう亜子か、まあ入れよ」

出てきたのは美砂雄だった。ウチは言われるがまま部屋の中に招かれた。

「円ー、亜子が来たぞー。そんじゃお邪魔虫は去りますんでがんばって」

気を利かせて美砂雄は部屋から出てくれた。奥へ進むとテーブルの前に円が座ってた。

「まあ座りなよ……」
「う、うん……」
「紅茶でいい?」
「うん……」

長い沈黙。紅茶を啜る音が部屋に響く。しばらくして円が紅茶のカップを置くと口を開いた。

「その……昼のことなんだけどな……」

ウチは黙ってそれを聞いた。

「お前のことは好きだって言った。でも俺が本当に好きなのは桜子なんだ……」

うすうすは感づいていた。どこかで桜子を意識しているのを。

「半端な気持ちで付き合っても亜子を傷つけるだけだと思った。それをわかってほしいんだ」



――円の正直な気持ちが伝わった。


「ウチな……」


――だから今度はウチの番。


「ウチまだ円のことが好きや。でも今は付き合えなくてもええ。だって二番目は嫌やもん」


――さようなら、昔の臆病な自分。


「だから円の一番になったる。だからそれまで覚悟しときや」


――こんにちは、新しい自分。




おわり

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