放課後殆どの生徒が下校し誰もいない廊下を大河内アキラは歩いていた。課題を机の引き出しに忘れたた教室に向かっていたのだ。
教室につくと昼間の騒がしさが嘘のようだ。
机の中はきれいに整頓されており目的のものは簡単に見付かった。
教室を去ろうとした時携帯のバイブがなったので取り出して見てみるが着信もメールもなし。
どうやら他の人の携帯のようだ。
アキラは音の発信源を探すとある生徒の椅子に携帯があった。
窓際の後ろ、ザジ・レイニーディの席だった。

「ザジさんが忘れ物なんて意外……」

そんなことを呟いている間にも携帯は鳴り続けている。

普段無口であまりクラスと関わりを持たないザジに一体誰が連絡をしているのか?

次第にその気持ちが高まっていき悪いと思いつつアキラは携帯を開いた。

ディスプレイに名前はなく電話番号だけが不気味に表示されていた。
その数秒後に電話は切られ待ち受け画面になったがアキラはそれを見て驚いた。

『不在着信12件』

番号は全て今掛けてきた者だった。これだけ掛けるとは何か大事な用事なのでは?
もしかしたら携帯を無くしたザジ本人が別の電話を使って掛けているかもしれない。
そう思った時またあの番号から着信が入った。アキラは一つ深呼吸をすると電話に出た。

「はい……」
「…………」

返事はない。

「友人のザジさんが落とした携帯を拾ったアキラと申します」
「…………」

通じないのか?ザジは外人なので家族や友人に日本語が通じない可能性もある。
「あ、あいあむ……ザジのふ、ふれんど」
我ながらなんという英語力だろうか。もう少し勉強をすればよかったとアキラは嘆いた。
しかし電話の向こうからボソボソと何か聞こえた。あれで通じたのかと思いアキラは耳をすました。

「――――」

まだよく聞こえないので今度は音量を目一杯に上げた。

「亜qwせdrftgyふじこlp;@:」

聞いたこともない言語にアキラは驚いて電話を切った。

「なんだろ今の……」

一番驚いたのが言語はわからないはずなのに何故か脳内で再生される日本語。


――タベテイイ?


携帯が鳴る。ディスプレイを見る。今度はスケジュールアラームだった。
スケジュールの内容にはこう書かれていた。

『エサのじかん』

アキラは何か得体の知れない恐怖を感じた。

(タベテイイ?エサのじかん?どういうこと?エサってなに?)

顔から血の気が引いていく。

(まさか私じゃないよね……?)

その時背後で気配を感じた。慌てて振り向くとザジが立っていた。

「ザジさん」
「…………」

ザジは何も答えずアキラが握っている自分の携帯をじっと見つめている。
「あ、これ……忘れてたから……な、何も見てないから」
そう言って携帯を返すとザジは何も言わずに受け取り中を確認しはじめた。
しばらくするとザジは電話を掛けた。相手は恐らく先程の者だろう。
一体どんな会話をするのかと思い見ていたがボソボソと二言三言話したら切ってしまった。

ザジはじっとアキラを見つめると今度はゆっくりと近付いてきた。
その異様な雰囲気にアキラは思わず後ずさりする。だが窓際の後ろにいたのですぐに逃げ道はなくなってしまう。
ザジは自分の机に手を入れ何かを探していた。
その間に逃げようかと思ったが何故か体が言う事を聞かない。得体の知れない何かを感じ動けなくなっていた。
一体何を探しているのか?すると突然机から手を引き抜き何かをアキラの目の前に差し出した。
突然の事に目を閉じてしまったが恐る恐る目を開いて見るとそれは意外なものだった。

「ネコ……缶?」

コクンと頷くと机から次々とネコ缶やドッグフード、鳥の餌など到底あの机には入りきらない量を取り出していた。
スケジュールの『エサの時間』とはこのことだったのかと、そう思うと先ほどまでビクビクしていた自分が馬鹿らしくなった。
冷静になると今度は犬や猫などにエサをあげたいという欲求が出てきた。

「あの、ザジさん」
「…………?」
「その……私もエサあげてもいいかな?」

ザジはアキラの目をジッと見つめると首を縦に振った。

「よかった。じゃあエサ運ぶの手伝うよ」

しかし今度は首を横に振った。アキラが遠慮はいらないと言おうとした時、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。
驚いて後ろを向くとそこには異形の化け物が無数に張り付いていた。
大小様々で間抜け面のものもいれば典型的な悪魔のようなものまでがおり、アキラはあまりの出来事に固まってしまった。
そんなアキラに目もくれずザジは窓を開けその化け物を中に招き入れた。
ザジは鞄からこれまたどこに入っていたのかというほどの駄菓子を取り出しその化け物に渡した。
駄菓子を受け取った化け物は先ほどの動物達のエサを抱え外に出て行ってしまった。
未だにフリーズしたままのアキラにザジは付いて来るようにと伝えた。


学校から少し離れた公園に来ると早速犬や猫、鳥といった小動物がわらわらと集まってきた。
ザジは一匹ずつ体を撫でてやると鞄からエサを出しいつの間にか手に持っていたお皿にあけ動物達に与えた。

「私もあげてもいいかな?」

小鳥を肩に乗せエサを与えてる状態のままザジは他のエサをアキラに渡した。
受け取ったエサを手に乗せるとそこに子猫がやってきた。
そのかわいらしい光景にアキラもつい笑みがこぼれる。

「ザジさんはいつもここでエサをあげてるの?」

ザジは首を横に振った。どうやら他にも茶々丸などが来るらしい。
しかし今日はザジで別の日は茶々丸というように交代制かと思いきやそうでもないらしく一緒にエサを挙げることもしばしば。
アキラはあまり喋らない二人が動物に戯れているところを想像してみてなんだか楽しそうだと思った。

「茶々丸さん来るといいね」
「…………?」
「来たらきっと楽しいと思う」

ザジが頷くと二人は無言でエサを与えたり戯れたりした。
先ほどの化け物も駄菓子を食べ終えると動物と遊んだり遊ばれたりと結構楽しそうだった。
しばらくすると先ほどの願い通り茶々丸が来た。買い物帰りらしく両手には夕飯の材料と思われるものを持っていた。
更に意外な人物、龍宮まで来た。何かの仕事帰りらしく疲れたので癒されに来たそうだ。
今度は桜子が飼い猫を探しにやってきた。来て早々クッキとビッケを見つけ出しそのまま戯れ始めた。

同じクラスなのにあまり関りのなかった者同士。
でもなんだか楽しかった。
口数こそ少ないものの普段聞く事がない趣味の話など色んなことを話した。
各人の意外な一面も見れた。
そんな不思議で和やかなひと時を過した。


日も落ちかけたころにようやく解散した。
誰からでなく自然とみんなの口からでた一言。

「また明日」

放課後がちょっぴり楽しみになった。


おわり

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